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理系と文系

『抽象的思考は数学的な考え方の典型であろう。
 では、抽象的思考を手っ取り早く身に付けるには
 数学の何を学んだらいいのだろうか?』

こんな疑問を考えているうちに、理系的返事と文系的返事というのに自分の中で分類をしていることに気づいた。理系的会話は、相手がどんなことを言っても、まず「自分はこうだ。自分はこれが正しい。」と言う。文系的会話は「正しいこと」よりも「感情的判断」が多い気がする。しかし、自身が数学科卒(得意科目:数学物理,苦手:国語地理歴史)かつ自分には文系の友人が少ないこともあって「気がする」としか言えない。「文系的な考え方」がよくわからないのだ。先日、数学的考え方の最大の特徴は「抽象的思考」と言ったが、文系だって抽象的に考える。理系は「具体から抽象」であったが、文系は抽象から始まる気がする。でも、「抽象から具体」なのか「抽象のまま」なのかはわからない。そもそも、文系とか理系とかの分類さえ、疑問に持つべきであろう。下記のサイトは「文系的」でぐぐった結果から選りすぐったサイトである。ところどころ、抜き出して私見を述べる。

  • KASOKEN satellite: 文系or理系?
    理系は論理的で文系は感情的。一般論ではありますが、やはり一番正しいことなのでしょうか。確かに、理系と文系のケンカって「文:できない!」「理:できるできないじゃないの。やるかやらないかなの。」と、誰でもできるようなことに対して感情論で貫き通されるとどっちかがひかないと無理なんですよね。理系側の私としては、研究結果ではないですが、「どのようにしてやって、ここまでできたんだけど、最後までできなかったor結果がなんかおかしい」と言われて初めてやる気でてくるもんだったりします。あと、「理系はコミュニケーション能力が低い」というのは合ってますが間違ってると思います。人を文系・理系に分けるという考えが間違っているんでしょう。人は「文系的才能」「理系的才能」のステータスを別に持っているんです。だから、分けるとしたら、
     → 文系的才能があり、理系的才能もある人
     → 文系的才能はあるが、理系的才能はない人
     → 文系的才能はないが、理系的才能はある人
     → 文系的才能がなく、理系的才能もない人
    の4つになるんじゃないでしょうかね。ここでは、あるないという表現を使ったがきっと平均が一番多いのでしょうが。

  • 残尿感。: デフォルト
    んー、一番文系らしさを感じられそうであって、今ひとつ理解できない。「#include stdio.hはおまじない」というのはわかりますが、曖昧なまま覚えておしまいってわけでもないようで。興味の向く方向なのかなぁ。理系の人は「興味がない」からやらず、文系の人は「できない」と感じたからやらないのでしょうか。共に「やってみる」という壁さえ越えられればなんとななるのかも?

  • 数学はお好き?
    打って変わって数学の話。数学=論理的思考と言われるが、欧米の数学は日本の算数であり、日本の数学に含まれる「帰納法」「演繹法」などの考え方は「論理学」という科目だそうな。つまり、計算で壁にぶつかって挫折してしまう文系学生も論理的思考が身につく寸法。
    日本社会は長い間、「それはシロかもしれないし、クロかもしれない……よくわかんないから、みんなで力を合わせて頑張っていこう !」という、極めて文系的な考えでビジネスが成り立っていました。
    文系的な考えは・・・協力?

  • 怒りのぽえぽえブログ:文系的、理系の人々
    日本て社会はもともとかなり文系社会
    確かに、要領良くやることでいいところいけますからね。点数→理系的選別,内申書→文系的選別っていったところでしょうか。で、大人社会になると、点数なんて出ないから文系人間がはばかる。確か、今の小泉内閣総勢18人には大学の理工系学部出身者が一人もいないそうです。これが日本の象徴なのかな。理系的能力だけでなく、文系的世渡り術を身に付けろってことなんでしょうけど、だからといって「口だけ」になっても満足できないんですよ。内側思考なだけなのかなぁ・・・

  • 文系脳と理系脳
    学校で習う教科はすべて理系科目である
    上記2つとはうって変わって理系宣言。でも、学業における文理の区別は数学ができない人間をふるいにかけるためという考えは実に正しいと思います。ふと思ったのですが、文系の人って勉強楽しいのでしょうか?理系の私としては、数学の問題を解くと必ず一意の答えが出、答え合わせをして「正しい」か「間違った」かがわかりました。「できた」か「できない」かなんです。でも、文系って社会は覚えるだけだし、国語はなんとなく合ってるか合ってないかだけで、「やった」「やらない」しか感じられず、達成感って感じたことがありません。本当に理解してできる人には感じられるのかもしれませんが。そー考えると、もしかして「できない」と烙印を押された人が、嫌な感覚を覚えて数学を嫌いになるか、「できない」と言われて「なにくそぉ」と思ったり「できる」と言われて喜ぶ単純バカが数学を好きになり、それイコール文理に分離するということなのだろうか。でも、文系クラスにも数学できる人はできるんですよねぇ・・・

    あと、ミステリーの話。

    理系は「論理的思考」、文系は「感情的思考」。
    理系脳は、ミステリーをパズルとして読む。
    文系脳は、ミステリーをストーリーとして読む。
    とありますが、理系脳の私、ミステリーはパズルとしては読んでいません。犯人ネタバレ全く気にしないし。むしろ、その犯人に持っていくのにどんな手法使ったかとか、どんな表現を用いているかで作品の好き嫌いがわかれますね。

  • 文系・理系の功罪
    教師は、”知識伝達業”から、 生徒への”支援業”に変革することである。教師は子供たちの限りない”前進欲” を脇で支えるFacilitator の立場。これを可能にするのがTechnology の活用である。

    文理うんぬんは序盤だけなのですが、教育者のあり方に壮大な考えを見ました。結局、ファクスの内容がすごく気になっちゃうのですが、理系・文系って日本以外でも同じなんでしょうかね?まぁ、海外では日本より理系の人が上の立場に多いって聞くので、選別基準はあるんだろうな。日本での選別基準は数学ができるかどうかだが、海外ではどうなんだろ?数学と論理学で別になってるらしいし・・・

  • 文系および理系の視点と、論理的思考との関係
    素晴らしい。なんていうか、私が今回やりたかったことをすでにやられている感じ。これを書いた人、絶対理系だろうな。私の感想の前に全文読んでいただきたい。
    「数学の利用度の高い学問が理系で、それ以外が文系」を定義として話を進める。

    やはり、「数学」をキーにそれ以外が文系になっちゃうのですが、ここの定義すら曖昧なのが、最後まで曖昧になっていくのかなぁ、と。いつか統計取ってみたいですね。文系選択者に「数学が嫌い/苦手だから」「社会が好きだから」「その他」の三択で、どれを重視して選択したかを。
    論理的思考は理系の専売特許みたいに思ってたが、確かに文系にもある。読んで思ったのは、「文系バカ≦理系バカ<(越えられない壁)<文系優秀<理系優秀<文系神」に落ち着くのだろうかということ。「文系的発想」というのは、理論では言い表せないような「感性」みたいなものになるのだろうが、本当に中身もないただの勘で使う人もいれば、論理的思考方法を最大限に応用した結果かもしれない。ただ、一般的においては前者であることがほとんどのように思う。
    スペースシャトルの例は非常に良くわかった。そしてコレもまた、非常に重要に思えた。
    1つの例を挙げよう。文系の課題の一部では、倫理問題と片付け、効果的な対策を打たなかったりする。論理的思考方法を用いると、その中の解決方法の設計術を使い、組織の仕組みとして解決しようとする。関係者の倫理観に依存する方法ではなく、倫理観が低い人でも、悪い行為がやりにくい仕組みを用意する形で。

    わかったことは、文系というのが良くわからなかったことだ。文系的考え方とはこうだ!って言う人はいないのではないだろうか。明確化したがるのは理系の感性だし、はっきりと述べないからこそ文系なんだろう。文系の定義からさえ発生する「曖昧さ」こそ文系なのだろうか。曖昧を曖昧のまま説明して曖昧のまま理解する。そこでしっくりこなくて掘り下げていくのが理系で、曖昧同士の理解の関連でさらなる曖昧にたどり着くのが文系なのだろうか。「理屈じゃない」んだろうなぁ。

    私自身の思考・発想は、受験数学が完全に染み付いている。
    まず、問題があるとしよう。
    かつて出会った問題と似ていれば、そのときの解法をまず試してみる。
    もし、ダメだったら次の解法を試してみる。
    持っているアイデアすべてがダメだったら、強引に解くしかない。
    知っている手段すべてを順番に試すだけだ。
    だから、優秀な人とは問題を見てどの解法をあてはめればいいのかすぐわかる人で、
    もしその解法がだめでも、順に試していく解法が的確に思い浮かぶ人のことである。
    可能な技術を順番に試すだけでなく、いかに効率的にトライできるか。
    私の考え方では、そこに尽きるのである。

    数学ならば、問題を解いた数だけ解法が増えていく。
    公式一つでも視点を変えれば、いろんな使い方ができる。
    それを見つけたときの快感は忘れられない。
    たった一つの公式で、いくつもの難題を解ける。
    もし、公式を2つ覚えたら、組み合わせは2倍ではなく2乗となり、もう怖いもんなしだ。
    いくつかの公式をどのように関連付けて使うかの発想法こそ、理系的能力ではないだろうか。

    例えば、「パソコンがインターネットに繋がらない」と言われたら、
    まずネットワークプロパティを見るだろう。(最初に当てはめる解法
    ぱっと見よさそうだったら、ping等のコマンド打ってみたり、サーバの設定を疑ってみたりし、
    最終的にはコントロールパネルの全設定を覗いたり、ハードの故障まで疑う。
    このパターンマッチを「こういうものだから」と説明したとき、首をかしげられる人がいる。
    だからパソコンはわからないと言う。文系思考では、コンピュータという考えない存在への
    対処法は難しいのだろうか?考えないからこそ正解が必ずあって楽しいと思うのだが。


    理系的プログラムは理解しにくい?
    理系的思考を「具体→抽象」と仮定しよう。設計書を見て、核となる部分の最適プログラミングの技術力は非常に高い。素晴らしいクラスを作り上げていく。でも、それらをいざ使うとなると使いづらい。無駄な個性があって、クラスを使うのに制限があったりして、結局てっぺんのところでソースが汚くなってしまう。
    文系プログラマはまず鳥瞰から入るのだろうか。さしたる技術力がなくても、いざできあがったソースが非常に読みやすいことが多い。理系の人からは模倣だのもっと効率的にできるだの言われるが、それは敗北感を認めたくないだけの行為と思ってもらいたい。私も何度か悔しい思いを味わいました--;;


    オタクというと理系ってイメージありますよね。これも仕方のないことかもしれません。ひとつのことを掘り下げて、もっと知りたいと思ったりするのが理系的考え方ですから。そこで没頭しすぎて他の事(ファッションとか?)をおろそかにしてしまいがちなのが珠に傷かな。あと、ヲタ日記って基本的に自虐ネタが多いんですよ。これは、「ダメ」なことを「ダメ」とわかっているのに実際にやって「ダメ」であることを証明する。理科でいう実験、数学でいう証明の行為かもしれない。ある意味「男らしい行為」であろう。この知的行為(謎)は、さすがに文系の人には理解しにくいのではないだろうか。

    男らしいという表現を使ったが、男性は理系が多く、女性は文系が多いのも事実だ。「男は頭で考え、女性は子宮で考える」と言われるのもその例であろう。以下は教育心理学専攻の友人のことば。

    人間には男性脳と女性脳の二種類がある。「人の話を聞けない男、地図の読めない女」というような本が、以前ベストセラーになったとおもうが、まさにこれのこと。ただ、男性だから男性脳、女性だから。。。というわけではない。違った組み合わせも存在するということだ。そもそも縄文の時代、男は外に出て狩りを、女は内に残って仲間と生活を守るというような生活を送っていた。当然狩りのうまい男は重宝されたから、男性は闘争本能が強い、が当時から「井戸端会議」のようなことばかりしていた女性は一人のトップがうまれるということは通常なく、一つのグループ内での調和が重視された。能力が突出していても、上に立つためというよりは、自分より劣るものを助ける、逆の立場からいえば助けてもらえるという暗黙の関係が成り立っていたわけだ。一昔前に「団塊の世代」なんていう、大量雇用の時代があったが、この時代も一人勝ちよりはみんなで協力して弱気を助けるといった風潮だったとおもう。つまりは、現代女性も「団塊の心理」というものが働いて(一部の例外はいるが)いるため、あたかもテストの平均点を算出するかのように、100点の人がいても0点の人がいれば、平均して50点にしかならないようにしか動いていないのだ。

     

    まとめると、理系文系の境目は数学ができるかできないかという判断である事実は否めない。しかし、文系的能力と理系的能力は別ステータスであると、私は考える。その中でどっちの色が強いかが分かれ目なのであろう。理系人間は天動説で、文系人間は地動説。自分が正しいと思っていることを中心に考える理系人間、物事を抽象的にとらえ感情的に判断するのが文系人間といったところでしょうか。


    最後にひとつだけ紹介して終える。

  • 理系の男はなぜモテないのか
    理系と文系。
    男性と女性。
    明確と曖昧。
    結果と過程。
    主観と客観。
    名詞と形容詞。
    論理的と感情的。
    デジタルとアナログ。
    正しくこなすか、うまくやるか。
    たった今算出した可能性か、過去の実績か。
    会議は重役を集めてやることが大事か、会議により結論を出すことが大事か。
    「成功/失敗」か、「がんばる/がんばらない」か。
    うまくいかないとき、探求するか、思考停止か。
    自分で突き詰めるか、まわりに聞くか。

    左右を繋げるのは、お互いの理解から始まる。
    恋だけでなく、すべてにおいて。

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    コメント

    はじめまして。
    「理系と文系」を読ませていただいて、存在と当為という概念を連想しました。
    ドイツ哲学の用語ですが、存在がsein、当為がsollen、英語だとbe とshould
    当為を読み下すと「まさに~すべし」。規範、社会規範などでしょうか。

    投稿: 三つ櫻 | 2008.12.31 05:50

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