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ブログ論者に批判トラックバックを送るやさしさ

インターネットは、数多くのローカルルールの集合体である。
これについては異論は無いと思っている。ある場所では常識であっても、他の場所で非常識であることは多々存在する事実である。

では、ローカルルールの集合体であるにもかかわらず、ブログ論と呼ばれるものがどうして存在するのだろうか。それもまた、ローカルルールの集合体であるからだと考えることができる。グループにより文化が違うからこそ、比較をして理想形を作っていこうと考えるのである。
一読者としては、はっきりいってどっちでも良いようなことでも、毎日触れているブログについていろんな人の考察が読めるので非常におもしろい。あとは占いと同じで、良いところだけを、できることだけを実行しているにすぎないのではないだろうか。
 
 
さて、そんなブログ論にも「それは違う」と思ったことは無いだろうか?一方的に否定されたことは無いだろうか?実現できそうにない夢ばかりを語っているものを見たことは無いだろうか?そういうときは、臆せずにどんどんと批判トラックバックを送ってあげよう。多くの人は「自分と異なる意見が聞けてうれしい」と考察を深め、一部の人は「戦争が始まって水を得た武器商人」のように反論に反論を重ねてくる。

しかし、ブログ論者の大半は論客だ。
だからこそ注意しなくてはならないことが多い。

1.相手の土俵で戦うこと

彼らに対して、最も好まれない批判は「反例を示すこと」である。「トラックバックは引用するべきである」と言われている中で「私の仲間内ではお返しトラバが普通です」と言っても、相手は「そんなこと知っている。それを知ったうえで考察しているんだ」と思うだけで何も発展しない。ブログ論を書いているサイトなら、どのようにトラックバックを送るべきか、どのように反論すべきかが考察されている場合が多い。
批判の方法でふるいにかけてくるような相手なら論じ合う価値が低くなってしまうが、そういう無駄なふるいにはできるだけかからない方が良いだろう。また、サイト論の中には自分が発言しやすい土壌を作るための理想を書いている場合もあるが、その舞台にあえて乗ってみる方が、実は戦いやすいことが多いのである。

2.前言い訳をしないこと

「初心者なので」「独り言ですから」などの前言い訳は決してしない方がいい。もし自分が不利になったときのための退路を用意することは良くない。ブログ論が「どうしたら良くなるか」という前向きな考えであるように、そこから逃げるような発言は相手を悲しませる。「詳しくないので調べてみましたが」や「教えてください」などとして、向上心を持った発言が必要となる。

3.論点を明確にすること

これを間違うと、どんどん関係ない方向に進んでしまい炎上という結果に陥る。引くに引けなくなった喧嘩の結末なんてそういうものだ。論破することを目的としたらその目的はちょっと達成されないだろう。私の場合、このような考え方もできるのではないでしょうかという部分が伝わりさえすれば満足してしまうのですが。

4.相手を受け入れること

批判されたということだけで反発するのはやめましょう。そういう反応は、起き上がりこぼしと株価だけで十分です。相手の発言はまず受け入れることから始めてください。そのうえでしっくりこなかったところを伝える程度で十分ではないでしょうか。怒らないでください。冷静になって怒ったフリをしてください。決して論点を忘れてはいけません。

5.逃げ道も用意してあげよう

このくらいのやさしさと余裕があれば完璧でしょう。部分否定は批判において最もやってはいけないことではあるが、どうしても一部を否定しなくてはならないときは、他の部分で同意できる部分は賞賛してあげよう。相手を嫌な気持ちにするのが目的ではありません、考え直してもらうことが目的なのです。
 
 
インターネットはローカルルールの集合体である。だからこそ、ブログ論者は多くのローカルルールに触れるべきであろう。だからこそ、意見が違った場合は議論を投げてみよう。もしかしたらそれが、“やさしさ”なのかもしれない。

<まとめ>
 ブログ論者にとって、反論とは異なる視点からの意見である。
 彼らの多くは反論を待ち望んでいるのではないだろうか。 
 
関連:むだづかいにっき♂:ブログ論はもういいよ、というブログ論
 
 
 
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コメント

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投稿: 名前 | 2005.09.06 22:02

「ブログ論つまらない」→「もういいよ」という記事(物凄く簡潔に意訳)を数箇所で見ました。
でも「自分にとって面白いと思わない」と言う以外に、「もういいよ」の理由が書かれていません。
そういう記事の中に「何故ブログ論がつまらないか」ということを書いてくれればかなり面白い記事になると思うのですが、個人が好きか嫌いかだけの記述って、根本的に面白くないんですよね。

投稿: えっけん | 2005.09.06 23:22

> 部分否定は批判において最もやってはいけないことではあるが
すみません。ここでの「部分否定」ってどういう意味です?
「この部分は同意できるけど、ここは違うと思う」
という意味…です?

投稿: Lefty | 2005.09.06 23:36

>名前さん
指摘ありがとうございます。自分では正常に動作したので、修正しておきました!

>えっけんさん
「ブログ論つまらない」→「もういいよ」
理由もなくこう書く理由というのを考えると、少しは気がおさまりますよw 彼らがこう書いたときの読者対象はブログ論者ではないですから。最近見た記事からでは、親が人前で子を叱る際、「私は子どもを叱る良い親です」とアピールするためだけに怒っている親というやつが似たような記事かなぁ・・・

>Leftyさん
だいたいはその通りです。ちょっと説明不足でしたね。これを書きながら炎上について考えていました。相手にパーフェクトを求めているのか、自分が納得できない部分が一箇所でもあるとその部分だけを鬼のように攻めてくる人がいるので…

投稿: まなめ | 2005.09.07 07:43

>彼らがこう書いたときの読者対象はブログ論者ではないですから

あ、そうか、それは気付きませんでした。
なるほどなー。

投稿: えっけん | 2005.09.07 12:27

>これを書きながら炎上について
うーん。「部分を取り出して全部を否定する」という感じです?
さっきのコメントの「この部分は同意できるけど、ここは違うと思う」
は「是是非非」という意味のつもりだったんですが…。

投稿: Lefty | 2005.09.07 22:27

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