「好きなことを書けばいい」というアドバイスは役に立つのか?
サイト論の終着点って何だろうと、ふと考えてみた。
すぐに思いついたことは「好きなことを書けばいい」ということ。
例えば、これからブログを作ろうと考えている人に、どういうブログを作ったらいい?と聞かれたら、私は「自分の好きなことを書けばいい。同じ趣味の仲間も集まるし、それが一番楽しいよ。」と答えるだろう。
例えば、ブログのネタが尽きて更新が大変ーって思っている人には、「今、本当に好きなこと書いてる?流行に流されてない?更新しなきゃって周囲の期待に応えようとしてない?それ、本当に自分の好きなことかい?」なんて声をかけたくなる。
例えば、炎上してしまい困っている人にも、「好きなことを書けばいい。ブログは正しいことを書くところじゃない。すごいねって言ってもらうための場所じゃない。自分が思ったことを書くだけでいい。それが良いかどうかは読者が判断してくれる。もし反応が悪ければ、今気づいて良かったと思えばいいじゃない。もちろん、書く前に気づくのが一番いいんだけれどね。」なんて声をかけるかもしれない。
好きなことを書けばいい。
この言葉を言われると、脳裏に自分の好きなことがよぎる。
なんだか、自然と笑顔になれる。
そして、ありがとうって言いたくなる。
まさに、
魔法の言葉。
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「今、どうしたらいいんだろう」という具体例に対し「好きなことを書けばいい」という抽象的回答。多くの人は納得して、行動にうつせない。行動にうつそうとした人も、次にたどり着く疑問は「私が本当に好きなことは何だろう?」ではないだろうか。実際に何をしたらいいのか分からない場合が多い。
私は「万能薬というものはどんな病気にも効かない」と思っている。万能薬も抽象的な存在と考えていて、具体的に一つ一つの症状への効能を考えるとさほどではないと思っている。今、効いて欲しいところにピンポイントで効くものではないけれど、効果がないわけではないという程度だろう。ここでいう「好きなことを書けばいい」という言葉も万能薬の部類に入るだろう。
私が理系人間だからか、万能薬はAにもBにもCにも効くと言われると、すべてについて一つずつ調べ、どれか一つでも効かなかったりしたら 嘘だッ! と言い放ったり、効果が薄かったりすると効きが悪いと文句を言い、万能薬=ダメと決め付けていた。しかし、それは目的に対する効果であり、万能薬それ自身が悪いわけではない。万能薬だからこそ良い時だってある。それは、症状がわからないとき。
ブログについて悩んでいる。彼女は「○○が良くない」と考え、ある人は「○○だったら△△はどう?」と教える。問題がわかっていれば、答えはさほど難しくない。しかし、問題は本当に「○○」の部分だけなのだろうか?私は、きっとそうではないと思う。確かにそれが問題であったとしても、問題はそれだけではないのだと思う。問題が多い、あるいはわからないとき、万能薬が役に立つのではないだろうか?
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好きなことを書けばいい。
これは問題の解決にはさほど役に立たない。
だからといって、常に役に立たないわけではない。
抽象的であるがゆえ、人によって受け止め方が異なり、
万能薬であるがゆえ、人によっていろんな効果を感じたりする。
何が問題なのかが分からない人にとっては、
気づきのきっかけになるのではないだろうか。
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