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良い記事ばかり書かなくてもいいじゃないか、ブログだもの。

ここ2ヶ月ばかり、自分で決めた月4回の最低ノルマ以上の更新ができていない。決して、忙しいとか飽きたとかではなく、純粋に書ききれないのである。書きたいのに書けなかったり、書いたけれどボツにしたりと、ひとつの記事に仕上がらないことが多い。書き上げられなかったら更新しなければいいと思いつつも、さすがにもう少し更新したいなぁと思う今日この頃。

そんなこんなで「更新しない」ということについて考えているときに読んだ「先を読む頭脳」という本で、羽生善治氏のこんな言葉が目に止まった。

将棋とは、プラスになる手よりもマイナスになる手の方が圧倒的に多いゲームである。
例えば、対局している双方が共に駒組みを完成した状態というのは、お互いにとってある意味「ベストな状態」であり、そこから手を指すということは自分のベストな状態を崩すことになってしまうほか、それ以外にも実際の対局中では「どの手を指しても現状より悪くなる」ということで指す手に困ることが結構多い。そのため自分から攻撃する方が難しいし、攻撃に失敗したときのダメージも大きくなるので、先に相手に仕掛けさせてそれを受ける形にした方が指すのは楽である。特に序盤戦では自分が有利になるように指すというよりは、むしろ相手が仕掛けてきた際にできるだけ対応できる可能性を広く保ち、動かせる駒をたくさん残すように気をつけることが多い。

あのめっぽう強い羽生氏でさえ指す手の大半がマイナスの手なんだという事実に思うところがあった。確かに、自分で完璧と思える型ができあがってしまったら、あとはどう動くにもプラスに働くことはなさそうに思う。

自分のブログを将棋に当てはめると、私は今「長考モード」に入っているのだろう。プラスの手が見つからず、マイナスの手を恐れて何もできなくなっているのかもしれない。その割りに、月4回という制限時間に追われてどうにか書き上げた記事は、自分では意外と納得した記事を書けている。もし、月8回とか制限時間を狭めたら、意外と月8回書けそう…

決して今の型、今このブログが他の人に思われているイメージがベストとは思ってはいないけれど、個人的にはかなり気に入っています。だから、この型をくずすのが嫌になっているのかもしれない。だからといって、更新しないのはプラスでもマイナスでもなく、ただの逃げになっちゃうのかな。


結局誰からも回ってこなくて悲しい想いをしたIT田みつほバトンだったけれど、足利市出身の自分にとって相田みつをの言葉は幼少の頃から身近な存在である。だから、勝手にバトンを受け取って、題名にしてみた。たまにはこんな記事でも良いよね?


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