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戯言シリーズとデスノートの共通点

*この記事は「零崎曲識の人間人間」のネタバレを含みます。ご注意ください。

西尾維新の戯言シリーズ外伝「零崎曲識の人間人間」を読んで思ったことがある。

零崎にとって「死」とは何か。
それは、愛情表現である。

かなり腐女子思考が入っているかもしれないが、零崎曲識にとっては確実にそうであろう。少女趣味(ボルトキープ)なんて言われる所以もそこにある。

少々話がずれるが、マンガ好きな人なら一度は自分だったらここはこうするのに!と思ったことがあると思う。私もその一人で、よくストーリーについて考えて遊んでいた。その延長上として、もし自分がイチから書くとしたらこんなストーリーの型でやったらうまくいくかなーとも考えたりした。私が考えるその“型”の一つは、

 非日常を一つだけ日常として扱う世界

ということ。そして、その非日常としてのNo.1のテーマは「死」である。まさに零崎とはそれがすべてであり、“殺し”が日常として扱われている以外はいたって普通なのである。無論、非日常が日常として扱われている時点で感じるアンバランスさが、世界を非日常にしてしまうのだけれど。「零崎を始めよう」、この一言で世界を一瞬にして非日常へと変えてしまうのだ。

こんなことを考えていると、つい比較してしまうのがデスノート。死というたった一つの非日常を、デスノートという媒体を介することで日常に組み入れた世界。この点においてものすごい共通点を感じるのです。デスノートにおいて、なぜ殺すのかと問われたらそこにデスノートが存在するからとしか言いようのない部分があり、回避不能の必然を感じるのです。対して零崎一族は“理由無く殺す殺人鬼”と呼ばれるように、呼吸をするがごとく人を殺す。これにもまた必然を感じていたのです。

非日常のNo.1を「死」と表現したけれど、それは誰にとっても非日常だから。日常というのはその人の主観であって、たとえばネト充の私は家に帰ったらまずPCの電源を入れるけれど、PCをさほど使わない人からしたらそれも非日常。日常の違いも一つの個性。人と人とは違うからおもしろい。そして誰とも交わらない非日常である「死」を日常にしたら、きっとみんなおもしろいと思う。

という発想、どうでしょう?


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