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認めることの強さ

この2つの言葉を使える人って強い人だと思うのです。

1.すごい

自分には無いもの、あるいは自分より素晴らしいものを見たらスゴイって思う。そんなときに相手にちゃんとすごいと思ったことを伝えたい。違うって思ったときはああも簡単に違うよって書くのに、どうしてすごいって言葉はなかなか伝えられないんだろう。べっ、別に…なんていうツンデレメソッドを使わなくても、お前はすごいとまっすぐ言えるのは強さだと思う。

2.私が間違っていた

ある学生が「私は叩かれたくないから自分の意見を持たない」みたいなことを言ったのでそれは違うだろ、むしろ最悪だと言ったことがある。自分の意見を持たなくては何もはじまらない。別にみんなと違ったって良いじゃない。むしろ、人が違えば意見だって異なる。そこで互いにどうして違うのかという話になったときに、自分の意見を絶対に曲げない人がダメなんだ。相手の方が良いと思ったときに自分の意見を「私の方が間違っていた」「そっちの意見の方が良い」と認めることができるようであるべきだと。「非」とまではいかないまでも、自分の方が相手より低いことを認めることができない人を、たまに見かけるので。


と言っても、これを言って価値がある人って、自分のスタイルができあがった人かなとも思う。客観的にすごいとは言えても、比較してすごいの方がすごいと思うし、私の方が違っていたというのも相手と比較するための自分が必要だから。比較って自体が競争意識が高くて良い評価を受けてないけれど、私はこういうポジティブな比較はどんどんしていくべきだと思ってる。
自分を明確にして、相手を把握して、違いを認識する。その後の評価はその人のものさし次第だけれど、そこで現状を認め、受け入れるってことは強さだと思うんだ。


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コメント

企業の採用時に、判断基準としてグループディスカッションを用いる例が増えていますが、やはり、相手を認めることの出来る柔軟性や、協調性等も、大事な評価基準となるようです。

自分の意見と他人の意見。単に争わせるのではなく、協力してよりよいものを作り上げられる人材が求められているのかもしれませんね。

納得のエントリでした。

投稿: BABYPEENATS | 2009.01.26 17:26

正論です。
私、現在66歳 過去30歳代に挫折から今で言う欝になった経験あり、相手の良いところ、悪いところを認めた時から症状が快方に向かった。それに気づくまでの1年間は地獄を這いずり回り、辛かった。
なぁに、己の自尊心なんて 時にはクソの役にも立たないこともあり、自分自身を破壊することもある
 

投稿: メガネ屋shuちゃん | 2009.01.29 16:27

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