そろそろSBMについて一言言っておくか

昨日、東工大で開かれた第1回SBM研究会に参加してきました。イベントの詳細ははてなブックマーク - タグ sbm研究会で他の方の感想を参考に。

このようなイベントは最近こっそりと参加する機会が増えたのですが、ビジネスとして注視している方や、研究対象として見ている方が多く、どうも匿名クラスタの私としては挙手して質問するのはためらってしまいますね。でもまあいろいろと聞きたいことはあったのであえて他のSBMを利用しているユーザにこのエントリから投げかけてみようかなと思います。

SBM(ソーシャルブックマーク)って、一言でいうと“世界”だと思うんです。今までは、ブログやサイトなどの世界しかなかったのが、例えばはてブならはてブの世界を作ったことにあると思うんです。今回いろんなSBMを新たに作ろうという方のお話を聞いていて、新たに世界を作ろうとしているんだなって思いました。もちろん、作るだけでは既存SBMとの差別化ができないので、自分らの色を出す工夫をしているなーって思いながら見ていました。

そこで「人が場所に影響を与え、場所が人に影響を与える」みたいなことをいつも言っている私としては一つ聞いてみたかったことが、SBMの色は、システムが作るものだと思いますか?それとも、ユーザが作るものだと思いますか?ということ。これって、SBMだけでなくWEBサービス全般に対して思うのですが、サービス提供者側の人たちはどのように考えているのかというのが気になりました。

SBMのユーザとしての私ですが、このイベントに参加している人には悪いのですが私にとってはてなブックマークの世界は遊び場です。もちろん、情報収集や自分のサイトへのコメントを収集したりするためにも使ってますが、基本的には遊び場です。おそらく研究者にはノイズにしか思われていないでしょうが、そういう場として使っている人もいると考えると、現在は7%しか使われていないというSBMのユーザを増やすことってできませんかね?まぁ、アルファブックマーカーを見ると私がどれだけ特殊かってのは目に余るのでノイズと扱われる方が良いですけれど、私がはてブをするときのほとんどははてブの世界しか見ていません。

また、私は個人ニュースサイトをやっていますが、私個人としてはてなブックマークを自分のサイトのニュース収集のソースとしてはほとんど利用しなくなりました。自分で探すユーザとしては、なんだかんだはてなキーワードを超えることはできないと思います。だからといって、SBMが私みたいな人に合わせるようなことはしなくて良いと思っていて、むしろ見るだけの人や後追いブクマをするだけの人が楽しめるSBMにして欲しいです。前衛にいる人は、シンプルなAPIさえ公開されていれば自分達で遊ぶことのできる人たちですので。後続に続く人や、新規ユーザをターゲットにすれば良いと思うのです。

しかし、新規ユーザの獲得って一番難しいのです。ここでSBMの一つの選択になるのですが、ユーザごとに最適化するか、全体に見せる工夫をするかという選択肢があると思います。最近、いろんな話を聞くたびにユーザ最適化の話題ばかり目にするのですが、それを喜ぶのは声の大きいアーリーアダプターだけですよ。そんなのAPIを提供しておけば彼らは自分達で作りますよ。ユーザがひっぱるのがコミュニティだと言うのならそれも良いかもしれませんが、大半の見る専ユーザはどうするんですか。見るだけユーザを増やすことが、アクティブユーザを増やすための第一歩だと思うのです。…と思ったものの、見る専ユーザは声をあげないのでサッパリわからないんですよね。どう検証していったら良いのでしょう。

ウェブを評価するのがGoogle。ウェブと違うもう一つの世界を作り出すのがSBM。今は各サービスが自分の世界を作ろうとしているけれど、日本において一番大きな世界を築いたのがはてなブックマークだろう。その中で、今度ははてなブックマーク世界内の評価システムが新たに作られるとの噂である。何かの歴史を見ているようだ。この先どう進むのかは案外史学が役に立つかもしれませんねw


なんて勝手なことを書きながら、第2回SBM研究会を首を長くして待とうと思います。

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“後の先”の生き方

後の先(ごのせん)という単語は知っているだろうか。簡単に説明するならば、武道の場合相手の攻撃を防いだ直後にあるいはそれを先読みして、切り返しの技を出すこととなる。私がこの言葉を知ったのは六三四の剣だったかな。

私の後の先の生き方のコツは2つしかない。

1.型を作る
2.型にはまる場を作る

言葉にすると簡単だけど、実際に実行するのはかなり難しい。とりあえず、勝負事ということでギャンブルで例えてみる。私の型は本命党だ。力が同じならばインの選手が勝つという競艇ならではの地の利を利用した買い方をする。舟券(あるいは馬券)を買う人のほとんどは本命党は常に本命を買い、穴党は常に穴を狙い、あるいは勝つと思った券を買うのだろう。私はそのように先に攻めることはしない。1日12レースあれど、本命で決まるのはせいぜい1~2レース程度。だから、12レースの中から自分の型にはまるレースだけを探す買い方をする。

これをやるには自分の型を知り尽くさなくてはならない。自分の型で苦手な部分を知り尽くし、自分の型が最大限に力を発揮できる前提条件を把握する。それを知ることが最低条件だからだ。失敗して、成功して、その境界を明確にしていく。型を作ろうとしていくときに、型の強度を測るためにインプットをブレさせることが大事ですね。成功するために最善の手段しか取れない人を見ると、強くても足場が固くないのでもろさを感じることがあります。

型さえ作れば、あとは呼び込むだけだ。発動条件への道筋を多数用意して、誘導する。あえてスキを作ってそこにかみついてきたところを狙い撃ちするなんて常套手段。弱い攻撃はより強い攻撃を出すための場を作るためにあえてスキを見せる行為であることさえある。サッカーなんてその典型的例で、支配率が高い方が得点率が落ちるケースが多い非常におもしろいスポーツだ。広く攻めさせることでスキができあがるからこそカウンター攻撃が成り立つのだ。誘い受けとも言えるかな?

自分自身がこんな生き方をしていると、同志を見つけるのも案外難しくない。まず、負けを楽しめる。だって、勝つためには負けることが条件だから、試合に勝つことより勝負に勝つために負けを演じるのがとてもうまい。そして、斜め上の行為をする。場の大事さをしっているからこそ、場を作らせてくれない。自分の型を作るためにブレさせる行為を相手に試すことで自分にもプラスにしようとするやつは本当に怖い。何より自分の型をすぐに変えることのできる人だ。良いものは全部吸収しようとするやつは怖くて仕方がない。


先日、とあるオフで「私のスタイルは後の先」と言っただけで相手に通じ、互いに意気投合した。そして彼はこう問うた。「この考え方をいつ見つけたのか」と。その場では答えられなかったが、よくよく考えたら数学の考え方にしか思えなくなった。型とは公式であり、問題が場に該当する。ここでは型というより武器と呼びたいかな。武器があるからこそ、それを使いこなせる場がある。場があるからこそ、そこで生きていくために武器が必要になる。そこで場に合わせた武器を使うのか、自分にとって絶対的な武器を使うのか。数学でいう問題(場)に対して絶対的な武器(基礎)は厳しいものがある。だから、場(問題)に合わせて武器(公式)を選ばねばならない。しかし、場は与えられるまで待っているだけではない。ある程度推測して武器を用意しておくものだ。そこではまったときの快感はきっと忘れないだろう。武器(型)を最大限に利用できたときの感動もしかり。

だから私はこう答える。「後の先の考え方は、学校で学びました」と。直接教わったわけではなく、勉強している中で勝手に思ったことだけれど。要は、応用。一つの道はすべてに通ず。たまたま武器を持っていた私が、それを最大限に使うために考えた生き方(ライフハック)にすぎません。

#大半の方には意味不明なエントリで申し訳ありません。


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私はこれでゴキブリと無縁の生活を送るようになりました

私はこれでゴキブリと無縁の生活を送るようになりました。

それは、除湿機です。


National デジカント方式除湿乾燥機 F-YZC60-A ブルー
National (2007-04-01)
売り上げランキング: 13224

↑うちにあるのはコレ(二代目)

私自身、今までで一番良い買い物をしたと思っているのがこの除湿機なんです。

私、冷房って苦手なんですよ。冷え性なので長時間あたってられないし。でも、日本の夏って湿度が高いことじゃないですか。だったら、湿度を下げれば良いんじゃないかと思って買ったのが除湿機。初めて使った日のことは今でも覚えてますよ。うおお、涼しい!って叫びましたもん。いや、そんなに涼しくは無かったはずなんですけど、むしろ熱風出すタイプ(安いので)なので少々温度は上がっているはずなんです。でも、湿度が低いだけでここまで快適になるとは!と衝撃受けました。慣れてしまうとそんなことはないんですけどねw

その副作用だったんです、ゴキブリが出なくなったのは。ゴキブリ退治のつもりじゃなかったのですが、湿度が高くなければ出てこないみたいです。他にも、私が除湿機を使うようになってから帰省したとき、「最近、カビ臭くなくなったね」と親に言われたました。洗濯物も部屋に干していたので、どうも部屋の匂いを吸っていたようです。しかも、匂いを取るだけでなく、早く乾かしたいときにも使えて一石二鳥!もうね、除湿機のない生活には戻れないです。

エアコンに除湿機能あるけれど、あれは取れた水が目に見えないので未だに信じてなかったり。やっぱり目に見えて水が取れるのが一番だと思う。一人暮らし始める人に必ず「除湿機買え」とすすめてるんだけれど、最近自分のまわりで、来年から東京進出するけどゴキブリが心配だ~って人がいたのであえて記事にしてみました。

除 湿 機 最 高 ッ!


除湿機を買うべき3つの理由
1.ゴキブリ出なくなるよ!
2.蒸し暑い部屋とおさらばだ!
3.洗濯物を部屋に干せるようになる!


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インターネットで情報収集するときに必要なこと

それは、ノイズを許容することだと思う。

「Twitterで1200人もfollowしてて良くタイムラインを追えますね」と言われることがあるのですが、さすがにタイムライン全部追ってはいませんよ。全部追ったら1日4~5万発言くらいになっちゃいますもん。余裕があるときは全followerの発言を追っていますが、基本的にPC前にいるときは巡回しているか更新作業しているので、たいていは登録したユーザとキーワードしか目に入れていません。パソコンの前にいないときのログは自分への私信をチェックする程度ですね。ただ、ちょっと他の人より余裕が有る時間が多いので、全部追っているように見えるだけです。

だから、誰をfollowするとかしないとかは気にしません。みんな案外おもしろいし、みんな案外役に立つんです。タイムラインすべてを追うことをやめてからはノイズなんて全く気にならなくなりました。むしろ発言が多いほど、キーワードにかかる数が多くなるので自分にとって良い方向に働くんですよ。要するに、世界を広げた方が自分の興味のある発言が見つかる可能性/数が増えるんです。そうしてキーワードを拾っていく上で目に付いてくるユーザが出てくるわけです。

これは私の巡回方法と似ていて、基本はRSSを登録したブログとキーワードによるエゴサーチの2つ。これ、Twitterと全く同じですね。そしてここから自分の欲しい情報を得るために、拾う選択と捨てる選択を繰り返す。全体を世界としてキーワードで拾うか、自分で選抜したユーザ/ブログをすべて拾うか、拾った中から例えばタイトルを見て捨てたり、記事を流し読むことで捨てたりする。この拾う・捨てるを繰り返すことで自分の求めている情報を(継続して)収集することができるのだと思います。

しかし、大半の人は自分にとって役に立つ情報だけを欲しがる。そりゃそうだ。常に真実だけを求める。そりゃそうだ。私だってそうだ。ニュースサイトが大きくなるのは管理人の主観でノイズを除去しているからだ。別にすべての人に同じことは求めない。それでも、ノイズを拒否しないで欲しい。自分にとって望ましくない情報を嫌悪しないで欲しい。一部のノイズを見て、全体をノイズと決め付けてしまう人を見るととても悲しく思うんだ。一部から全体を想像しても良いが、一部から全体を決め付けるのは違うと思うんです。

テレビや新聞という与えられるメディアで慣れてしまった人たちが、インターネットに入ってきてまず感じるのはノイズの多さだと思う。しかし、今までは無かったノイズを拒否してしまったらインターネットの素晴らしさを享受できないと思う。だからまず受け入れて欲しい。ネットの良さはノイズを許容することで広がるのだと思うのだ。もちろん、サービス提供者になるのならばノイズを利用するところまで考えないと成功しないものだが。

関連:インターネットの素晴らしさ

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ネット上で発信することは、共有知を形成する行為

今日したことを書く。
自分で思ったことをブログに書く。
見つけたニュースを紹介する。

「読んでもらいたい」「知ってもらいたい」「感想が欲しい」「情報を広めたい」などなど、ネットにアウトプットする理由はさまざまであれ、結局のところ発信者と受信者で共有知を形成する行為だと思っているのです。

共有知を築くことってすごく重要なんですよ。例えば、私の中でお笑いというのは共体験を作ることからはじまるんです。そしてその共体験をどのようにいじるかでおもしろさが決まってくると思っているんです。発信することで互いの共有知を作る。それを前提の上で何かをすればサイトでもおもしろいことができるんですよ。

例えばはてなーだったら、なんだかんだ言われてもほってんとり見ている人は多いんです。だから、ほってんとりに入ったネタをいぢると多くの人が反応してくれるんです。共有知の向こう側ってわけではないですけど、共有知があるからこそ築ける世界ってのがあるわけじゃないですか。オフ会なんてその典型的例ですよね。ウェブで共有知をたくさん形成したからこそ、そのネタで楽しめるんです。

私の言いたいことはいつもと同じ。ウェブで楽しむためには自分で発信するのが最短距離。自分で何を共有知にするかを選び、自分の世界を作ることで、アレンジすることでさらに読者を楽しませることができる。流れを作ることでブログが劇場になっちゃうんです。ほら、なんだかわくわくしてきませんか?


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学歴は実績の一つ

404 Blog Not Found:中卒のオレが学歴について語ってみるを読んで。

せっかくなので、学歴について思うところを書いておく。

学歴は選択肢を広げる手段の一つです。と思っている人が一番多いのではないでしょうか。ですから、多くの親は子どもに勉強しなさいと言うのです。わが子にやりたいことが見つかったときに選択肢が消えていることがないように。

私自身採用に直接関わったことはないのですが、結局は企業が学歴を採用の評価基準の一つにしているからなんでしょうね。もちろん、良い大学だから良い人材だというわけではなく、良い大学を出ている人ならばはずれが少ないという意味で。要するに、学歴を良いものにするということは敗者のゲームで戦うのに必要な武器の一つなのです。

でも、dankogai氏のように強者のゲームに持ち込める人ならば学歴なんて不要でしょう。多くの人が思う「学歴が選択肢を広げるための手段」ならば、早々に選択肢を絞ってしまえば学歴なんて関係ないし、自分で経験することで本当の実績を作ってしまえばそれを評価してくれるところでは学歴以上に扱ってもらえるでしょう。

ただね、強者のゲームって勝てば大きいけれど、基本的に負けるものだから。起業と似た感じかな。1勝9敗で10回収するって世界というイメージ持ってる。自分は一人だから勝ち組の「1」になれると思えない人は普通に学歴育てつつ、いろんなことにチャレンジしていれば良いんじゃないかな。もちろん、これが私の弱さであることも認識しているけれど、それでも失うことが怖い私には一本に絞ることはできなかった。

社会に出たら、実績が非常に大きな評価基準となる。だから、学歴も実績の一つ。もちろん、学生時代に何をしてきたかも実績の一つ。成功でも失敗でも実績だ。大事なことは、それによって何を積み上げたかをどれだけ語ることができるかであり、社会に出てからは特に社会に出てからの実績だけが問われるのである。

未来(目標)ではなく過去(実績)のみを評価するなんて私らしくない結論だけれど、何をやりたいかは評価される対象ではないと思う。何をやりたいかということが前提にあって、そのためにはどんな実績を積み上げていくべきかのロードマップを作り、あとは目的が達っせるように実績を積み上げていくことで目標にたどり着いてくれ。

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はてなブックマークに足らないのは本当に集約なのか

伊藤直也氏(id:naoya)がはてブについて語るというので、それはぜひ聞いてみようと思い群衆の叡智サミット2008(WOCS2008Spring)に参加してみた。そこでの要約はid:Kishiの群衆の叡智サミット2008Spring行って来たに委ねる。

このセッションでのパネラーにはid:naoya以外はブユーザがいないということもあり厳しいつっこみはなかったが、はてブを群衆の叡智にするためには集約化が足りないと言い、また聴衆も集約化に力を入れるべきであると言うところに票が集まった。現在はてなでは、ほってんとりのように単純にはてブ数の上位だけを並べるランキングではなく、統計的手法を用いて集約する方向に向かっているという。

私がそれを聞いて思ったことは、本当にそれで良いの?ということ。

私の基本発想が「人はシンプルなものを使う」であり、さらに「理系人間は仕組みの分からないものは使わない」という偏見を持っているせいか、複雑になってしまったら意味が無いと思うんです。だから、そんなのAPIをもっと公開すればギークなユーザが「はてブ新聞」みたいのを自発的に作ってくれるよーってだけで、あえて公式でやる理由が思い浮かばないんですよね。

「群衆の叡智」の4つの特徴と比較すると、「多様性」「分散性」は多少偏っていますが十分でしょう。「独立性」はfav機能やほってんとりによって弱まっていますが仕方の無い部分かもしれません。なるほど、他の3つがユーザが増えてきたことで満たされていくうちに「集約性」の未熟さが浮き上がってしまったということでしょうか。その「集約性」の部分を現在試行錯誤している段階なのでしょうけれど、これってお気に入り(fav機能)でだいぶ満たしていませんかね?id:naoyaがお気に入りのことを「あまり知られていない機能」と評したのが印象的だったのですが、確かにこれは誰をfavしたら良いか探すことからして難しいからでしょうか。ニュースを探すこと=人を探すことと頭の中で変換できる人って、そうはいないですからね。

私はニュースサイトをやっていますが、ニュースサイトって集約の部分を個人に委ねただけのものなんです。群衆の叡智サミット2008でも一つの結論として挙がりましたが、“選択肢の一つ”としては本当に優れていると思います。しかし、そこから先は個々のユーザに委ねる世界ではないでしょうか。私ははてブにおける集約はタグ検索にRSSがついている時点で完結しているんです。ヘビィユーザなんて検索結果にRSSつけておけば、あとはANDとORでどうにかなるもんです。そこから先はユーザカスタマイズしか存在しません。そしてそのカスタマイズが昨今のブームです。しかし、そんなことをしたら非はてなユーザやライトユーザに適したニュースが提供できないんですよね。その辺をどういった手法で解決していくのか。いやいや、とても楽しみになってまいりました。ウェブ2.0としてユーザが育てるサービスでありながら、ユーザを育てるサービスであったら良いなーなんてユーザの勝手な夢世界でもおいてこの記事は終わりにしておきましょう。

「みんなの意見」は案外正しい
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ニコニコ動画のニュースサイトが大きくならない理由

ニコニコ動画を紹介する大きなニュースサイトが出てこない。出てきているのかもしれないが、少なくとも私の耳には届いていない。例えば、初音ミクニュースは十分に大手サイトだが、ニコニコ動画のニュースサイトではない(と私は思っている)。

年末、とあるニコ厨の方に「そんなにニコニコばかり見ているのでしたら、ニコ動を紹介するニュースサイトを作ってみない?」と言ったことがある。しかし、それは自分の楽しみとしてはできても、ニュースサイトとして大きくなることは難しいという結論に辿り着いた。彼曰く、ニュースサイトなんて存在しなくても、個人の力で良い動画をほとんど追うことができるからだと。

なるほど!と、当時の私はうなずいた。確かに、個人の方が早く追えてしまう狭い世界を紹介していては何よりニコニコ動画が好きな人に“発見”の楽しみを届けることができない。また他にも、動画を紹介しても終着点はニコニコ動画である以上自分のサイトに戻ってこないなどの理由もある。

そんな現状の動画の広まり方は、ランキングはもちろんのこと、タグ等による検索、マイリスト経由での広がり、ジャンルごとのコミュニティや、動画製作者自身のブログなどが中心だ。他にも、ニコニコ好きが集まったはてなニコニコ部や、今見ている動画を投稿するTwitterのコミュニティ、Mitterという動画視聴体験共有サービスまで登場している。

しかし、考えてもみれば、みんながみんなそんなにニコ厨じゃないんですよ。だったらライトユーザのためのニコ動ニュースサイトがあっても良いですよね!外部プレイヤーの登場により、SNSとしてIDを取得せねばならない壁もなくなった今がチャンス!!


というわけで、作ってみました!!


・・・と宣言したいのは山々なのですが、私自身ブログ読んだり書いたり考察したりする方が好きなもので、そこは別の方にお譲りします。

なあにそんなに難しいことじゃありませんよ。もし私が作るとしたら、ドリコムRSSあたりでid:koizukaのはてブと著名個人ニュースサイトのヘッドラインを並べ、あとは動画紹介するだけ。2chブログ形式で良いじゃないですか。あとは量を選ぶか、質を選ぶか。重要なのはジャンルに偏らないこと。量を選ぶなら、得意ジャンルの異なる複数人でやれば非常に簡単。ニコ部のみなさんでやりませんかね?とふりたいところだけれど、あそこはアイマスに偏っているので無理かな。って、それ以前に、こんなの名前出してやったらすっげー叩かれるのは目に見えてますけど。需要と非難はまた別物ですから難しいところです。


最後に、製作者(ニワンゴ)側から外部ニュースサイトからの流入を増やす方法を一つ提案。それは、リンク元をユーザに見せることです。現在、一つの動画からは「その動画をマイリストに入れている公開マイリスト」と「関連動画」が関連付けられています。これ、私のサイト論的にはかなり理想的な過去ログの活かし方なんですけれど、やはり内で閉じてしまっているんですよね。外からのアクセスを得るには、外にアクセスを送ることも大事だと思うのです。はてなダイアリーのリンク元公開は、そのダイアリーの書き手よりも、読者が見ているものなんですよ。自分が好きな動画を紹介しているサイトを見てみたいと思うし、そのサイトが紹介している他の動画を見てみたいと思う。そうやって互いに大きくなっていけたら、おもしろいじゃないですか。

・・・・紹介した動画のコメ欄は確実に荒れるでしょうけれど。ランキング1位動画とはまた違った形で。


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オフレポをブログに書くこと

自分が参加したオフ会のレポート記事ほど、おもしろい記事はない。

なんでなんでしょうね、これだけはガチです。だから、私は自分が参加したオフレポは必ずどこかに書いています。私はみんなを喜ばせたいというスタンスでいるので、自分がオフレポを読んでおもしろいと思ったから、私も他の参加者におもしろいって思ってもらうためにもオフレポは書こうと思ってます。オフレポを書き終えるまでがオフ会ですね。

また、オフ会ってオン(ネット上)で互いのことを良く知っていれば知っているほど楽しくなるんですよ。ネット上のコミュニケーションが一つの共体験になるんでしょうね。でも、素人文章なわけでちょっとズレた認識をしていたり、深読みしすぎていたりするんです。うまく表現できないけれど、その辺の溝を埋めたり再認識し合うってのが楽しいんだと思います。だから、オフで会う前に相手のブログの過去ログを全読みしたりします。ネタは多く仕込んだ方が良いですからねw

だからこそ、自分の参加していないオフレポを読むことにけまらしいと感じる人もいるんです。ぐりさんに会った翌日にこんな感じで記事が挙げられたときはとてもびっくりしました。しかし、コメント欄にけまらしい書き込みがされるにつれて「うわぁ、ぐりさんが伝えたいのはそうじゃないよ」と思い自分のところで何か書かなきゃと思っていたところに、オフレポ二連投ですよ。もともと「この人はすごい。考えがとっても近い人だ」と思って「会いたい」と声をかけたのですが、連投を見たときには心底感動しました。こいつは強い人だ、と。

Attribute=51のぐりさんといえばポジティブブロガーで有名、で良いのかな?私にとってポジティブという言葉は状態ではなくベクトル。だから、前向きな人が自分のエネルギーをさらに高めるためにという読者もいるだろうけれど、言葉は悪いけれどマイナス思考な人が上を向きたくてすがってる読者だっていると思う。オフ会をけまらしく思うにはいくつかあるけれど、距離とか時間とかお金の問題は「だせぇ」「要するに勇気がないんでしょ」で済む問題だけれど、単なる一読者にとっては手すら届かない世界って感じちゃう人もいるかもしれない。

そんなぐりさんがどうしてオフレポを書き続けるのだろうって自分なりに考えたことがあって、そのときは“やっぱりオフ会は楽しいから楽しさを伝えるために書いているんだ”と考えた。私自身も人並みにオフ会というものに参加してきて楽しさは知っているし、おもしろいものがあったら紹介したいという気持ちも分かる。うわぁ、楽しそう!私もオフ会に行ってみたい!って言葉を引き出したいんだと思う。でも、それは強者と弱者で少し書いたけれど、ポジティブな人を選別しているように見えなくもないとも考えて。

オフ会に対して、いい思い出がない - Attribute=51

そんなことを考えていたときに挙がってきたのがこの記事。あぁ、なるほど。過去にそういう経験をしていたのね、と。だからこそ、挽回しようと今年はがんばっていたのか。前向きな言葉を投げかけるってそんなに難しくないけれど、それを行動にうつして結果を書き続けていくことも、ひとつのポジティブブロガーとしての姿なのかな。

私は、管理人が楽しんでいるサイトを見るのが大好きだ。楽しそうに更新しているサイトは、楽しさが伝わってくる。音楽だってコンサートに行くのが好きなのは、歌っている姿、演奏している人の顔を見れるから。楽しんでいる姿を見ると、こっちも楽しくなっちゃう。だから、オフレポを書くことで楽しんでいる姿をどんどん見せて欲しい。「うおお、私も混ざりてえ」「いつか俺もこうなってやるぜぇ」と思うようなオフレポをどんどん読みたい。

そしてそう思った人が、憧れのブロガーと会うことを目標にネット上でのアウトプットを始めたり、アウトプットを増やしてくれたら、とても嬉しいことである。


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時間をかければ良いブログができるの?

ブロガーの良くあるグチの一つに「時間が無くて」というのがありますが、本当にそうですかね?次の2つの問いにちょいと答えてみませんか。

1.あと2時間ネットに時間を割けるとしたら何をしますか?
2.今の半分の時間でできるだけ質を下げずに更新するには?

案外、忙しい人ほどしっかりブログ書いてますよ。ブログの場合は、ネットに触れていない間に頭の中で記事をまとめてしまえば、いざPCの前に向かったときはそれを文章に落としこむだけで済みますから。逆に私のように書きながら記事を考える人にとってはどうしても時間がかかってしまう。だから、時間をかけないようにするにはパソコンに向かう前に頭の中を整理することが大事だと思ってる。

そして、あと2時間ほど時間があったら、私はそれをネットに割かずに本を一冊読む。このブログはネットに関することばかり書いているけれど、本を読むことで得た知識を自分のネットでの経験と合わせることで記事にしていることが多い。だから、巡回するよりも本を読むって感じかな。ネットは裏づけとして使うことの方が多いです。

ブロガーとしての私はこんな感じ。しかし、この質問を答えるべきはブロガーよりも個人ニュースサイト管理人や、個人で情報収集をしている人に自問自答し振り返ってもらいたい問い。だからこんな感じに言い換えられる。

A.どこに時間をかければさらに良い情報を得ることができるか
B.今の情報収集のクオリティを下げずに時間を削減できるところはどこか

まずAについては非常に難しい。Web 2.0 の利点の一つである、完璧なWebサービスは難しいが、最低限の実装とセキュリティだけでメイン機能を使うだけならば半分程度の時間だけでβ版リリースができるという点。これが当てはまって、2時間巡回したのと4時間巡回したのとでは、最初の2時間で8~9割の良い情報を得てしまっていると思う。検索サイトだって、上位の結果だけを見ればほぼ足りるのである。

逆に、Bに至っては同様の論理によりわずかな質を諦めることで案外多くの時間を削減することができる。これは自分がどこまでの質で許容できるかというラインとの戦いだろう。ニュースサイトでいう縮小更新がここに当てはまるのだと思う。しかし、質をできるだけ下げずに時間を減らしたい。そう考えたらまず自動化を考えたい。毎回同じような作業を行う場合はその手間をいかに減らすか、Nクリックをいかにして1クリックに近づけることができるか考えて欲しい。

春は生活環境が変化する季節。GWで時間が取れて久々にRSSリーダを開いたら大量の未読記事に圧倒されたりしませんでしたか?貴重な時間を有功に使うためにも、効率化は常に考えていきましょう。

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ケンカは見えないところでやれ。

会社入ってすぐの頃、仲の良い8人で同報メール(CC)でいつも情報交換をしていた時期がある。そのメール上で、一度だけ私と友人でささいなことをきっかけにけんかをしてしまったことがある。もうどんな理由でモメたかも覚えてないけれど、私のささいな言葉の使い違いが友人の気に障ったらしく怒らせてしまった。悪いと思ってごめんなさいとすぐに謝ったけれど、相手との誤解は深まるばかり。

そんな状態で数時間ずっとメールの往復をしていたけれど、その間、同報メールのままケンカを続けていた。多分、これがいけなかったんだと思って、途中から1対1でメール交換することにしたら、次第におさまり、その後は元通りに仲良く遊ぶようになった。

もしかしたら何回もやりとりすることで許してもらえたのかもしれないけれど、私は1対1だったから許してもらえたんだと思ってる。他に見る人がいるってことは、どうも言葉の方向が相手だけでなく、その他の人々にまで向かってしまう。そのときの私はきっと、いかに周囲から同意を得られるかとか、いかに相手の評価を下げるかとかばかり気にしていたんだと思う。そしてそれが余計に相手の気に障ってしまったんだと思っている。でも、違うよね。私が伝えるべき相手は怒らせてしまった友人であり、その他の人は関係ない。

ブログとかやっていると、コメントやはてブで思い切り叩かれることもある。たいていのことは何度か記事を書けば済むだろうけれど、埒が明かないときはある。そんなときは、電子メールで直接やりとりするか、“会って話をしよう”と声をかけるかの2パターンしかないと思っている。周囲の目を気にしたら、互いの主張は決着がつかない。互いに引くに引けなくなってしまうからだ。

私はお前の味方にならない。
私はお前の敵にもならない。
思ったことは言ってしまうけれど、決着はタイマンできめてこい。
周囲を味方にしようとか、相手の周囲をまどわそうとか思うな。
ケンカは見えないところでやれ。

自分の経験と少年ジャンプから、私はこう学んだ。

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真の個人ニュースサイト管理人が見ておくべきサイトとは

真の個人ニュースサイターが見ておくべきサイト:アルファルファモザイクに自分のサイトが挙げられていたことは、非常にうれしかったです。私自身、“書き手”を意識して情報発信をしているので、ブロガーやニュースサイト管理人の人に読んでもらえることが何よりうれしいですから。そんな私の考える「真の個人ニュースサイト管理人が見ておくべきサイト」の条件を5つ挙げてみようと思います。

1.一次情報を発信する情報サイト

企業ニュースサイトから個人ブログまで。ニュースサイトがニュースとして紹介できるサイトは無限と言っていいほど存在するでしょう。その中において、クオリティの高い情報を発信できるサイトは何よりも重宝します。そんなサイトを数多く保有し、なおかつ常に新しいサイトを発掘できる人こそ真のニュースサイターではないでしょうか。

2.方向性の似ているニュースサイト

方向性が似ている=自分と好きの方向性が同じサイトですので、第一に見ていて楽しいということもあるのですが、それ以外にも自分で見つけられなかった情報を得られたり、ジャンル全体を見渡せたりするので、ここは欠かせないですね。ただし、ここは増えすぎても下請けニュースサイトにしかならないので基本的には観測だけになるかもしれません。

3.人気ニュースを幅広く扱っているサイト

ニュースサイトにも「ジャンル特化型」や「得意ジャンル+人気ニュース型」などに分けることができて、基本的に後者が多いのですが、誰が見てもおもしろいニュースとか、これはおさえておくべきニュースというのがあるんですよね。大手サイトと言われるサイトは、そういう人気ニュースを取りこぼさないセンス持ってるところ多いですよ。あんてなの深さではなく、広さも兼ね備えたいところです。例えば、ほってんとりを見るというのも一つの手ですよね。

4.ニュースサイト管理人向け情報を扱っているニュースサイト

ブログ論とかニュースサイト論、アクセスアップ論、ブログ製作者向けサービス、コミュニケーション、アフィリエイトの話などなど、管理人サイドには非常に有用なニュースでも、多くのニュースサイトの読者は「読み手」である現状、案外ニュースサイトではこのような情報は取り上げられません。常に自分のサイトを良くしたいと考える管理人さんなら、サイト論にも興味あるかなと思います。

5.紹介したニュースのその後

ニュースサイトも、ニュースを紹介しておしまいではないでしょう。紹介することで、記事の書き手の反応を見たり、読者の反応を見たりしてその後の動きを確認するのも大事だと思います。追記されたり、続編が書かれたり、また紹介に対する感想まで得られることがあります。読者の声、すっごく大事!

と、私の理想を5つ挙げましたが、一つ一つが大事だとは思っていません。むしろ、これらの比率が大事だと思うのです。私は、50:10:10:20:10くらいに分散されています。また、この配分に理想はないと思います。例えば、かの俺ニュースは2番に全力を尽くし膨大な個人ニュースサイトを巡回することで、多ジャンルにおいて後の先を取れる素晴らしいサイトになりました。やはり、何か強い意思と向上心が大事なのかもしれませんね。

良かったら、アナタの考える真のニュースサイトも教えてください。


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逃げ道としての楽観

「好きなことやれば良いんだよ!」
「自分が楽しければ良いじゃん!」

・・・なぁ、本当に良いのか?


これらの言葉は、ポジティブと捕らえることのできる単語だと思う。

現状の自分を認めるすごく良い言葉だと思う。

でも、使い方を間違えてほしくない。

ネガティブな気持ちを吹き払うために使う言葉であって、
前に進んでない自分を許容するための言葉じゃない。

そうは言っても、「現実世界ではないのだし、インターネット上ぐらい好きにやらせろ」という人が居るのは判る。だが、そういう人は潜在的な購読者を獲得する機会を逃していることを忘れないで欲しい。
記事を読んでもらう工夫
「好きにやらせろ」という言葉が「誰にも迷惑かけてないからいいじゃん」的言い訳のように使われているのを見ると、違うって思う。単に私の理想が、自分だけが楽しむではなく、みんなが楽しく感じるとかみんなと楽しむってところにあるからそう思うのかもしれないけど。

そもそも「好きにやる」って、他人の制約を受けないってことではないと思う。自分で自分に制約をつけるってことだと思う。だから、好きなことほど厳しく追及したい。好きにやりたい、楽しくやりたい。大いに結構。その分、評価は厳しくあっても良いんじゃないかな?

人は、文章を自分の都合の良いように解釈する。自分を否定されれば不安になり、認めてもらえれば安心する。だから、つい安心できるように解釈していまうけれど、それが単なる“逃げ”になっていないことを願う。


<参考>
三省堂提供「大辞林 第二版」より
ポジティブ:(形動)積極的なさま。
ネガティブ:(形動)否定的。消極的。
楽観的:(形動)物事がうまくいくだろうと明るい見通しをもつさま。
悲観的:(形動)悲観するさま。悲観する傾向にあるさま。
楽観:(名)物事をすべてよいように考えること。将来の成り行きについて明るい見通しをもつこと。
悲観:(名)悪い結果を予想して気を落とすこと。この世の中を悪いものだと考えること。


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私を変える10のスイッチ

自分にスイッチを入れるって感覚は誰にもあると思う。常に変化している自分自身を、意識的にバランスを変えようとする行為。これを持っているってすごく大事なことだと思うんだ!とりあえず思いついたことを10個並べて書いてみる。こんなの人それぞれだから中身なんてどうでも良いけれど、スイッチを持つことってとても大事なことだと思うよ!

1.集中する方法

私、インターネット大好き!だからこそ、何よりネットから離れる時間を大切にしてるの。でも、家にいるとやっぱりパソコンが気になって仕方がないので、外に出るしかないんだよね。だから、勉強や読書をするときはいつもマクドナルド(ときどきスタバ)。毎朝出社前は100円コーヒー飲みながら本を読むのが日課。場所も大事だけれど、案外コーヒーも一つのスイッチかもしれない。

2.眠気を覚ます方法

仕事しててどうしても眠いってときあるよね。こればっかりはなかなかいい対策がないの。散歩しても疲れて余計に眠くなったり、歯磨きしてスッキリしてもやっぱり眠いし、もうどうしようもないときってのがあるの。そういうときはね、寝ちゃうに限る!ただし、5分だけ。コーヒーを一口だけ飲んで目を閉じよう!おかげでトイレで座って寝れるスキル身に付けちゃったよ!ダメリーマン!

3.テンション上げる方法

いっやっほうううううう!ネットやってるときの私はいつもテンション高いよ!なんでかって、それはスイッチ入れてるから。私は好きな音楽さえ聞いてればいつも元気なの!いつも同じテンションでサイトを更新しているというのも長続きの秘訣かもね。今の私は KOTOKOさんの曲さえ聞けばいつでもテンションアップ。音楽はいいね、人類の生み出した文化のキワミアーッ!

4.落ち着く方法

小さい頃から「落ち着きのない子」と言われてきた私は、テンション上げるよりむしろこっちの方が重要なんだけれど、なかなか難しいね。それでも何かの発表前とかは心を静かにしたい。そんなとき私は静かに一点を見つめる。そうすると無駄な思考が入ってこなくなって落ち着く気がする!きゃはは、あんまり落ち着きないかもw

5.眠れないときに眠る方法

布団に入ればたいてい3分以内に寝ちゃう私だけれど、変な時間に昼寝とかしちゃった日は1時間たっても眠れないときがある。あれってなんであんなに苦痛なんだろうね。そんなときはもう起きちゃう!そして本を読むんだ!ただし、パソコンつけたり音楽かけたりするとテンション上がっちゃうのでただ本を読む。できたら小説とかではなく、考えずにだらだら読めるライフハック系の本。案外、一冊読みきっちゃうこともあるんだけどね(解決になってないw

6.早起きする方法

こればかりは一つしかない。気合いで起きる!私は○時間後に起きるぞって想いが強ければ強いほどその時間(のちょっと前)に目が覚める。あとは早く寝るとか、起きたら外に出て新鮮な空気を吸うとか、太陽の光を浴びるとか基本的な部分だけれど、寝る直前までネットしてたり、起きてすぐネットしてたりする私は気合いがすべて。

7.ストレスの発散方法

これ大事!これを持ってる人と持ってない人では全然違うよ!私は風をきるとスッキリする。新鮮な空気だと最高に気持ちいい!自分で走ることもあれば、サイクリングで切る風もたまらない。風の強い日ならばただそこに立っているだけでも可能な安上がりな私。自転車通勤している私は毎日がストレス発散!嫌なことは風が全部吹き飛ばしてくれるよ!

8.心を元気にする方法

病は気から!心だけでもいつも元気でいたい!ポジティブな私はいっつも元気だけれど、この前ケータイなくした時はショックだったな。でも、時間が解決したw うーん、なんだろう。やっぱり、ネットしたり、いろんな人と好きなことを話したからだと思う!思っていることをアウトプットすると、案外吹っ切れて元気になるもんだよ!

9.体を元気にする方法

気持ちだけ元気でも、体がついてこないときあるよね!病気とかで寝込んだりすると体も弱っちゃう。そんなとき、私はにんにくを食べる!潰してラーメンに入れたり、肉や野菜と炒めて食べたり。半分以上思い込みだけれど、私はニンニク食べると元気になると思ってるよ!

10.スイッチを見つける方法

とりあえず、やってみる!ライフハック系の記事っていつも人気だけれど、大事なのは良さそうって思ったら全部やってみること。あとは相性の問題だから、まずは自分でやってみる。それで良かったらそれが自分のスイッチなんだと思うし、合わなかったら別のスイッチをまた探せばいい。結局はスイッチも、思い込みなのかもしれないね!でも、それですべてが好転するならば、いっぱいスイッチ持っていた方が良いでしょ!

良いスイッチで、良い人生を!


<まとめ>

;;;;;:;;:;::;:::;::::;::::: ::::: ::: ::. .        
::::::::: ::::: ::: ::    
::::: ::: :: .     
どんなにくるしくても
  .  , ― 、- 、
   << ) ):::: : . 
    U( (U_つ::::.. .. . 
::::: ::: :: .
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おいしいものたべて

    (⌒`:''"⌒)    
  ε=) : : . ' :.(=3   
    (、_,;メ-、、_.)        /⌒ヽ 
                  (,_i勿_,) 旦~ 
    
                ハ_ハ
 人  人  人      (*゚д゚)゛= 3 
●● ●● ●●     / ⊃-@{}@{}@― 
           
       _r======、                  
     /o :::::::::::::::::::ヽ、/|    (;゚;;)(;゚;;) 
     >  l7~~~~~~ / ̄   (;゚;;)(;゚;;)(;゚;;) ⌒ヽ〃⌒(;゚;;)
     ` ―--===-''" 



うんこしたらなおるよ!
         ハ_ハ  
   /⌒ヽ ( ゚∀゚)') 
   {   (/⊃ ノ   ___
   ヽ  (__⌒ワ')  (三(@
    に二二二)
     _)   r'
    └───`       ハ_ハ
               ('(゚∀゚∩ なおるよ!
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)

 
 
 
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私はコメントをしたいのではなく、はてブをしたいのだ。

はてなダイアリーユーザーってなんでコメント欄使わないの?を読んで。
私の意見を書く。id:lastlineの「感想は自分のフィールドに書きたいからコメントしないんじゃないかな」という考え方にも私は同意しない。

私のコメントのスタンスは、伝えたい人に伝われば良い。それだけである。

だから、はてなダイアリーにははてブすればコメントを読んでくれると思っているし、はてなユーザーでないブログにはコメント欄にコメントをしている。届けたいコメントを、届けたい人に届けるためならば、手段は何だって良い。


しかし、この問題はここで収束するものではない。

はてなブックマークのコメントは必ずしも、記事の書き手にだけ向けているものではないからだ。

コメントを書く際は3つの視点が重要になる。

1.記事の書き手へのコメント
2.自分を認識している人へのコメント
3.通りすがった誰かへのコメント

そもそも書き手だけに言葉を伝えたいのならばメールすれば良い。ウェブに自分の発言を書くということは、書き手だけでなく他の人の目に触れるということだ。特に、HNで個人を認識できるようなユーザだったらなおさらだろう。そのコメントをすることによって自分がどう評価されるかまで考えているユーザも少なくないと思う。

ブログのコメント欄に書くということは、「書き手」と「自分より後にその記事を見た誰か」にそのコメントが届くことを意識する。トラックバックで感想を書くということは、「書き手」と「自分のブログの読者」(と「通りすがった誰か」)とを意識して書く。羅列型のニュースサイトの場合は、何より「自分のサイトの読者」を意識している管理人が多いと思う。

しかし、はてなブックマークの場合は、「書き手」に届けたいコメントを書くときもあれば、「自分をfavしているユーザ」に向けたコメントを書くこともあり、また「記事を見たらとりあえずはてブで他の人のコメントを見るユーザ」などの通りすがりの人に向けたコメントもある。そして、ブックマークの名のとおり、未来の自分自身へ向けたコメント(あとで読む)やコメントをしないこともしばしばある。

とは書いてみたものの、どうしてコメントじゃなくてはてブ使うの?と、はてブ常連ユーザに聞くと大半は「何も考えずにとりあえずはてブしてる」んだと思う。はてブやトラックバックだとスターもらえるけどコメントではもらえないとかいうシステム的理由なんて後付けにすぐないだろう。私自身、コメントがしたいのではなくはてブがしたいだけだったりするし。


元記事に戻るが、「どうしてコメント欄を使わずに、はてブやトラックバックを使うの」を裏返すと「はてブやトラックバックじゃなくてコメント欄を使って欲しい!」という意味に取れるんです。これ、書き手の立場になると少しは分かるんです。コメントって自分へのコメントですが、はてブやトラックバックは自分の方を向いていないコメントもあるんですよ。要するに、自分が書いた記事なのに主が自分ではなく、別のユーザにいってしまうことがあるのが嫌なのではないかと思ったんです。

どうして私が書いた記事なのに、トラックバックで記事を書いてくれた人の方が人気で賑わっているのとか、どうしてコメントは全くないのにはてブ上では互いにスターし合って仲良く盛り上がっているのとか。その辺の横の繋がりに嫉妬したり、村社会と呼んでキモチワルイと表現してみたりするのではないのか、と。

でも、その考え方は私の理想と真逆なんです。

ブログの管理人は、そのブログで一番偉い人であってはいけないんです。ブログと管理人の関係は、公園とその管理人みたいなものなんです。みんなが楽しんでくれる場所を提供するようなものなんです。記事があってコメント、記事があってコメントでは、管理人が記事を書き続けない限りそのブログはまわらなくなってしまいます。

私の理想は、読者にブログを回してもらうことです。クリック数やはてブ数が多い記事ほど上に表示されるシステムや逆アクセスランキングなど、読者のアクションで動的に変化するブログだったら、例え少しの間自分が更新しなくてもブログは変化を続けます。トラックバックにより自分が書いた記事があちこちで評価されれば、元記事がさらに活きた感じがするんです。読者を主におくことで、自分のブログを成長させられたら素晴らしいなって思いませんかね?

最後に。そんな私もコメントもらうとうれしいのでコメントしていってね!


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サービス提供者はユーザを選べない?

それでも、たまにダイアリーやその他のサービスでブログを書いたり、写真共有サイトに写真をアップして友達に送ったり、Wikipediaを見たりYouTubeを見たりしているので、かなりインターネットは活用している。一日中ネットに張り付いているような人たちが、新しいネタやサービスを追いかけ続けているその後ろに、置いてきぼりにされた大集団、みたいなものがあって、実はそちらがマジョリティなのだ、という現在の構図がようやく最近実感としてつかめてきた気がする。
うさんくさい - jkondoの日記
確かにそうだけれど、マジョリティを追いかけてしまったらサービスは成り立つのだろうか。id:jkondo自身が書いている通り、大半のユーザは“○○を見たり、○○を見たりしているユーザ”である。ネット上に置いて発信するユーザはいかに特異であるかというのは、ネットサービスを提供する中心にいても感じるのだろうし、我々いちユーザが感じる特異感はどれだけ大きいか分かるだろう。

私のはてなへのイメージは“書く人が集まった集団”である。一日中ネットに張り付いているような人たちとあるが、案外そんな人は多くなくて、むしろ外に目を向けつつも書くことができたときには率先して書こうと考える人たちがはてなに多い印象を持っている。特異なのは、ネットに触れている時間ではなく書くという行為だと。書いて反応をくれる人は書く人であり、繋がりやすさに長けているはてなというサービスはさらに書き手同士を繋げる。おかげで読み手が近づきにくい何かを感じたのだろうか。俗にいうはてな村も、書き手に閉じたユーザのことなのかなって思ったことがある。

だから「マジョリティ=大半の“見るユーザ”」向けのサービスを提供したとして、そのサービスは“回る”のだろうかと疑問に思ってしまう。無論ユーザを限定することはできなくて、どんなサービスもアルファな人が飛びつき、自分の使いやすいように耕し、その盛り上がりを見て次第にユーザが集まってくる。ここで、初級者が飛びつきやすいかどうかにマジョリティを取り込めるかどうかがある気がする。しかし、アルファな人たちが耕した後の状態はサービスを発表した時点と変わってしまうこともあるだろう。なにせ、要望によって使いやすく変わるサービスこそアルファな人には好まれる。その自由度が初心者には敬遠されてしまうことになるのだが。

はてな記法も最初は疑問だらけだったけれど、最近は非常に使いやすくて他のブログサービスでも使えないものかと思っている。しかし、最初に使うまでの敷居の高さ。これがある限りは、初級者を取り込むのは難しいだろう。音楽だって、初めて聴いて良いと思う曲と、聴き続けていくことで味が出てくる曲がある。最初から最後まで良い曲もあるが、そこまで高望みしたらきりが無い。そして売れるのは前者であり、それがマジョリティの出した結論なんだろう。

 

先日、Twitterでたまたまこんなやりとりをした。


私は、サービス提供者がユーザの方向性を決めることはできないと思っている。むしろ、方向性の決められたサービスは用途を限定された気がしてユーザに嫌われてしまうのではないかとさえ思っている。

私はアルファな人が使いこんでいる姿を“見て”使えそうだと判断したら“参加”して使い込む、先駆者ではないが遅くもないユーザだと思う。そんな私は、シンプルなサービスが好きだ。根がプログラマだからなのか、どのように作られているか容易に想像できないものは好んで使いたくならない。また、複雑なサービスは応用が利きにくい。単純だからこそ用途の幅が広く、その機能を使うことでどのようなことができるかをひたすら考えるのが楽しみなのだ。

だから、もし私がサービス提供者だったら、こんな風に使われたいと思う機能を提供すればいい。そうすれば、その機能を自分の思ったように使ってくれる人が誰かしら出てくる。そして思っていた以上の使い方をする人も現れれば、されたくない使い方をする人も現れる。どう使われるのかは分からないが、目的があるのならばそれに合ったサービスを出し続ける他ないと思う。例えばニコニコ動画を教育に使いたいのなら、四択機能や一定時間コメント不可機能、コマ送り機能など、教育目的に使えそうなサービスを出していけば、そのように使ってくれる人が必ず出てくると思う。

 

うまくまとまらないので、自分の理想のサービスを書いて終わりにする。金儲けをするならユーザに金を儲けさせるシステムを作るべきという、インフラ最強論を掲げる私としては、サービスを作りやすいサービスを作るべきだと考える。そのために必要なのはAPIの充実ではなく、それは当然の上で、作られたサービスを盛り上げる場(仕組み)が必要だと思う。うさんくささは“見えないもの”に感じるのだと思う。だったら、見せて知ってもらえばいい。それだけなんだ思う。


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SEが声を大きくして国民に伝えるべきたった一つのこと。

それは、コンピュータは必ず壊れるということ。

先日拝聴した香取貴信氏の講演で聞いたことから、ずっと頭に残っている言葉がある。それは、「ディズニーランドのアトラクションが機械の故障で動かなくなってしまった場合、アメリカ人はリアクション大きく悔しがるが案外あっさり諦めてくれる。しかし、日本人は決して納得してくれない」といった感じのこと。

これを聞いたとき、私はとっても頷いた。アメリカ人についてはどうか知らないが、日本人にいたっては-少なくとも私の思う限りでは-まだコンピュータ完ぺき主義が残っていると思う。コンピュータはちゃんと動いて当たり前なんて思っている人を、まだまだ見かける。

こう思ってしまうのもきっと、かつて「安全と水はただで手に入る」と言われた国だからなんだと思う。マスコミの情報を鵜呑みにしがちな面もそうで、“そこに在るものは正しい”って思っちゃうんだと思う。でも、そんなことは絶対にない。

私自身プログラマの血が流れているせいか、「このプログラムはバグがある。今正しく動いているので運が良いだけだ。」と考えてしまうことが多く、コードを見れないものはユーザとしても冒険ができない。例えばネト充に身近なところで、ブログの自動更新。日付が変わる瞬間の0:00なんて、日付の境界値であるため時計システムに何か起きる可能性がゼロでないと避けたり、また日付が変わる瞬間は区切りが良く他の人も同じ時間を指定するだろうから負荷を考えると避けたくなったり。ささいなことなんだけれど、できるだけ安全な選択をしてしまう。

SEならば稼働率なんて言葉を聞いたことがあるだろう。これを100%にするなんて私は不可能なんですよ。もちろん100%に近づけるための努力はするけれど、ある一定のラインまで達するとそこから1%上げるにはものすごい予算がかかるんです。例えば365日24時間運用なんて言われた日には、何かあったときのために365日24時間誰かしらが対応できる状態でいなくてはならないじゃないですか。

確かに、それが重要なシステムもありますが、銀行などのミッションクリティカルなシステムでない限りそこまでする必要ないと思うんです。ましてや、ブログサービスとかオンラインゲームなんて、365日24時間動いている必要なんて無いんですよね。規約にもきっとそれを保証するなんて書かれていないと思います。だからね、コンピュータだから動いて当然だなんて思って欲しくないんですよ。もちろん動きますけど、それを保証するというこがどれだけ大変かということを知ってもらいたいんです。そして、たまに落ちてしまっても仕方ないかなって、もう少し暖かく見守ってあげてください。人が作ったものに半永久的に完璧なものなんて存在しないのです。


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SEは通訳さん

ものすごい大雑把に言うと、SE(システムエンジニア)はシステムに関わる通訳さんなんだと思う。SIerは顧客とエンジニアとの通訳さんで、エンジニアはSIerとプログラマの通訳さんで、プログラマはエンジニアとコンピュータの通訳さんなんだ。

と思ったのも、「数学でつまずくのはなぜか」(小島寛之)を読んだからなんだけど、初期の数学において最もつまづきやすい部分は数学的表記の部分だという。確かに、数字では理解していてもそれを共有するために言語として表現するための規則が疑問だらけだったりする。

人は自分の頭の中で完結する分にはそのままで良いのだけれど、それを誰かと共有するときに“言葉”にしなくてはならない。例えば、このブログだって私が考えていることを他の人にも知ってもらいたくて、このようにブログという形で表現している。絵描きは絵で表現するし、ミュージシャンは音楽で表現する。しかし、これらは分かってくれる人が分かってくれれば良い的な一方通行の表現だ。互いに理解し合うには言語の統一(ルール)が必要だ。

一つの開発プロジェクトにおいて、そのルールは大雑把にはスタンダードなフレームワークは存在するけれど、明確には決まっていない。そこで間を取り持つ言語となるルールが“仕様書”なんだと思う。


で、設計書の自由度について - techlogの記事に繋がるのですが、

ちなみにid:manameさんは、いまはどんな設計書を書いているんだろう。
私のプロジェクトでは、プログラムがお客さんの意図と異なった動きをした場合、それが設計書に書かれていればバグではなく、書かれていないければプログラムのバグになる。だから、仕様の面での自由度は無いようにする。しかし、プログラムの構造に影響を与えるような書き方だけはしない。特に新規プログラムの場合、設計書からプログラムの枠組みが自動生成されるのでプログラムを意識した設計書を書くように意識している。・・・まぁ、もう設計書は直接書いてなくて、レビューで係わる程度なんですけど。

私のようにスーツ側の人間としては、中身も重要ですがフォーマットも重要ですね。今のところは設計書だけでキングファイル200~300冊ありますし、それぞれが自由に書いてたらとてもじゃないけれど見切れません。「今日はどんな服着ていこうかな」という時間を節約するために学生服があるように、「設計書をどんな風に書こう」と考えて無駄な時間を使わせるのももったいないですよね。設計書の書き方規約が決まっていれば、どの設計書を開いてもどの辺に何が書かれているかすぐに想像できて設計書単体でも使いやすいものになりますから。

ちなみに、設計書とコーディングの工程で最も大事なことは、コーディング時は設計書に無いことは絶対に実装しないことだと思います。普通、考えていることを文章に書き出すというアウトプットに慣れているせいか、プログラミングにおいてもコーディングしてから設計書を書くという手順を取ってしまいがちで、また設計書を先に書いても、これは必要と思ったらついコーディング時に設計書にない部分を実装してしまいがちです。これ、一番のバグ原因ですから!


ξ゚⊿゚)ξ勘違いしないでよね!べっ、別にまなめはうすってすごいって記事で褒められたのがとってもうれしくってニヤニヤが止まらなくなったからトラックバックを送ったわけじゃないんだから。たまたま、数学の本を読んで通訳さんの話を書くのについでに便乗させてもらっただけよっ(///)


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最高に楽しい状態

「お前、最高に楽しい状態を言葉にできるか?」

この問いに、アナタは何て答える?
私なら、迷わずこう答える。

「限界スレスレを全速力で走っていると実感できたとき」、と。

何かを始めるとき、完全な暗闇からスタートする。手探りで何かをしていくことで、少しずつ自分の周りが明るくなり、自分がどのようなポジションにいて、自分のいる世界がどのような形をしているか把握する。世界の全体がおおよそ見えてきたときからが次のステップ。その中で、自分はどのように動けるか。その中を全力で駆け抜けることができるかを試すようになる。そして、全力で走りつつ、自分と世界を制御できるようになったときに、限界スレスレを駆け抜ける。これが最初にできた瞬間こそが、至福の瞬間だと私は思っている。

分かるかな?
分からないかな?
分かって欲しいな。
感覚的なレベルで、分かって欲しいな。

これを手っ取り早く感じることができるのはゲームでしょ。コマンドを覚え、キャラの性能を把握し、自分の思うがままにキャラを動かせるようになったときに、これ以上は無理だけれど限界のラインでキャラ性能を完全に活かしてるって感じることないかな?

勉強もすごく楽しくて、例えば数学だったら、最初はこの公式覚えてなんの意味があるんだろうとか思うけど、それが何に使えるのかを把握し、他に何ができるのか、そして何ができないのかを理解すれば自分の解ける問題の世界を把握できる。世界がわかっていれば、今目の前にある問題が、自分の知識の範囲内でギリギリ解けるものなのか、余裕で解けるものなのか、あるいは解けないものならば、何があれば解けるのかを感じるようになる。

マラソンでもそうだった。陸上部で長距離ランナーをやっていた私は、このペースでいけば最後にラストスパート出せる余力が残る程度と分かっていつつも、今もう少しペースをあげても最後まで持つんじゃないだろうかという限界ギリギリでの自分との戦いが楽しくて仕方がなかった。

仕事だって同じ。普段は通常のペースでやっているけれど、緊急の開発が発生したときに限界のスケジュールで作業するのが楽しくて仕方がない。自分と自分のグループの能力から、今できる最速の線を引く。ある意味、限界へのチャレンジであり、限界のラインの確認でもある。

こんな考え方してるから、私は何をやっても楽しいのかな。

昔から、私にはどんなものでも楽しむ能力があるって言ってきたと思う。それはどうしてかは自分でも分からなかったけれど、こうやって言葉にすることでなんとなく判った気がする。そしてこの考え方をしている限り、制限は多いほど楽しい。誰か、私を縛ってくれ。


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あなたにとってコミュニティとは何ですか?

私にとって、コミュニティとは場所でした。

小学生の頃、土日はいつも学校の近くの駄菓子屋に行きました。50円ゲーム機が数台あり、そこで時間を潰しつつみんなが集まると缶蹴りをして、飽きてくると誰かの家に行ってファミコンをする週末を毎週のように送っていました。そんな感じで、学生時代は学校が、大学ではバイト先が私の所属するコミュニティの中心でした。

コミュニティとは何かと考えたとき、私は「人」か「場所」の2つを思い浮かべたのですが、田舎者の私にとっては、あの場所(店)にいけばきっとみんな居るだろうなという場所に足を運ぶことが多かったため、場所なんだと思います。実際、私の地元では、パチンコ屋ごとにコミュニティがあるらしく、そこに行けば自然に暇な人が集まるそうです。私は東京に出てしまったので分かりませんが、非常にうらやましいと思います。

では、ウェブコミュニティは場所なのでしょうか、人なのでしょうか、それとも別の何かなのでしょうか。

さて、この記事は前回(ネット歴10年以上だけどオフ会ばかり行っているのは何故か考えてみた)の続きでオフ会に関する話。10年くらい前のオフはメーリングリストで知り合った人と集まろう!というイベントみたいな感じでした。ポストペットのMLでは公式ガイドブック作者を呼んだり、いいひと。MLでは高橋しん先生を呼んだりと、当時の私は何を考えていたのでしょう。若さって武器だと今更ながら思います。ただ、そのときに知り合ったと最近また会うようになったのはおもしろい縁だなとは思ってますが。

8年くらい前から5年間は競艇関係のオフばかりでした。ある選手のファンサイトにあるチャットに、テレホタイム常駐していたメンバー20人くらいと、その選手の応援に一緒に行ったり、みんなでお金を出し合って横断幕を作ったり。また、私自身も競艇マンガ「モンキーターン」のファンサイトをやっていたこともあり、そこの掲示板で毎日この記